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現場の手帖

「残業」が、いちばん崩しにくい嘘だった──社内不倫の夫を、退勤後の二時間で仕留めるまで

読了目安 約9分2026.07.24

浮気の口実には、崩しやすいものと、崩しにくいものがある。

「友達と飲んでくる」は、崩しやすい。友達の顔ぶれは有限で、店も限られる。裏を取れば、たいてい綻びが出る。ところが「残業」と「接待」は、桁が違う。会社という、外からは覗けない箱の中で、時間がいくらでも作れてしまう。しかも本人は、嘘をついている自覚すら薄い。半分は本当に仕事だからだ。

この手帖は、noteのほうに書いている情の話とは、役割を分けている。あっちは、人がどう揺れたかを書く。こっちは、その揺れを、探偵がどう事実に変えたかを書く。一件の調査が、現場でどう組み立てられ、どこに神経を注ぎ、どこで勝負がついたのか。手の内には、書ける線と、書けない線がある。書けるぎりぎりまでで、記す。

今回は、社内不倫だ。相手が、同じ会社の人間。奥さんが違和感を抱いてから、私たちが動くまで、二年近くかかっていた。

二年、気づかせなかった仕組み

奥さんは、聡明な人だった。だからこそ、二年も自分を納得させられた、とも言える。

証拠らしい証拠は、なかった。あったのは、生活のわずかな傾きだけ。残業が、じわじわ増えた。月に数回だった遅い帰りが、いつのまにか週の半分になった。「接待」という単語が、以前より頻繁に会話に混じるようになった。財布から、行き先の読めない小さな出費が、ぽつぽつ落ちるようになった。——どれも、単体では、働き盛りの男の、ごく普通の景色だ。

奥さんが最後まで引っかかっていたのは、匂いだったという。柔軟剤とも、香水とも違う、家では使わない匂いが、ワイシャツの襟から、たまにした。問い詰めると、夫は怒った。「毎日残業で疲れて帰ってきてる人間を、疑うのか」と。この一言が、効く。仕事を口実にした浮気は、詰め寄る側を、いつのまにか加害者の側に立たせる。奥さんは、そのたびに、疑った自分を恥じた。二年、この繰り返しだった。

私は、奥さんの話を聞きながら、頭の中で、あることを組み立てていた。相手は、社内にいる。 断言はしない、まだ。だが、可能性としては、ずば抜けて高い。理由は単純だ。二年、バレなかったからだ。社外の相手なら、会うために移動が要る。移動は、時間と足跡を残す。ところが社内の相手なら、移動がいらない。毎日、同じ建物で、堂々と顔を合わせている。「一緒にいる」こと自体が、日常に溶けて見えない。これが、社内不倫が長生きする、いちばんの理由だ。

会社に乗り込むのだけは、やってはいけない

奥さんが、相談の途中で、こう漏らした。「いっそ、会社に行って、確かめてしまおうかと思ったこともあります」。

その気持ちは、わかる。相手が社内にいると当たりをつけたなら、社に乗り込んで、二人が並ぶところを見てやりたくなる。だが、これだけは、はっきり止めた。社内不倫で、依頼者が会社に接触するのは、調査という観点では、最悪手だ。

理由を、順に話す。ひとつ。会社は、対象にとってのホームだ。周りは全員、対象の味方か、少なくとも同僚。奥さんが一人で乗り込んでも、情報は一切こぼれてこない。むしろ、「奥さんが探り始めた」という報せだけが、光の速さで本人に届く。ふたつ。一度警戒されたら、社内不倫はいっそう地下に潜る。もともと会社という隠れ蓑を持っている二人だ。危ないと察したら、その蓑を、いくらでも深くかぶれる。プロが追っても、証拠が急に取りにくくなる。みっつ。相手の女性が同僚だった場合、感情のもつれが、そのまま職場のトラブルに化ける。名誉だの、業務妨害だの、話が別の火種を生む。奥さんが守りたかったはずの日常が、先に燃える。

だから、私は言った。「確かめたい気持ちは、全部、こっちで預かります。奥さんは、いつもどおりにしていてください。いつもどおりが、いちばん強い」。奥さんが平常運転でいてくれることが、対象を油断させ、こっちの仕事をやりやすくする。相手の素性を突き止めるにも、順序がある。素人が先走ると、その順序ごと壊れる。相手が誰なのかを知る作業の勘所は、別立てでまとめてある。→ 浮気相手を特定する方法|身元・勤務先・関係の深さを、安全に突き止める順序

「残業」を、時間の物差しで割る

社内不倫の調査は、地図の問題じゃない。時間の問題だ。

対象は、毎朝、会社へ行く。夜、帰ってくる。この往復は、嘘じゃない。本当に出社している。だから、GPSがどうの、行き先がどうのという、場所の追い方は、ここでは半分しか効かない。会社にいるのは、当たり前なのだから。

私たちが最初にやったのは、対象の「残業」を、時間の物差しで、細かく割ることだった。定時は何時か。本当の退勤は何時か。会社を出てから、家の玄関をくぐるまで、何分かかるか。その所要時間の中に、説明のつかない空白が、どれだけ挟まっているか。——これを、まず淡々と、記録し続けた。追う前に、対象の平日のリズムを、丸ごと頭に入れる。地味だが、ここを飛ばすと、あとで必ず足をすくわれる。

割ってみると、見えてきた。定時から本当の退勤までは、日によってばらつく。だが、家に帰り着くまでの空白は、ある曜日に、決まって膨らんだ。会社から自宅まで、順当なら三十分の道のりが、その日は二時間近くに延びる。「残業」でも「接待」でもない、宙に浮いた時間が、そこにあった。この、退勤後の二時間。ここが、勝負どころだと決めた。

近場の浮気なら、あてもなく何日も張り込むやり方もある。だが、それは費用がかさむし、そもそも社内不倫は、日中ずっと会社という要塞の中だ。張ったところで、出てこない。だからこそ、狙いを、この二時間に、思いきり絞る。全体の設計や、何日でどれだけ動くのかという考え方は、依頼を決める前に、一度目を通しておいてほしい。→ 社内不倫の夫を調べたい|職場という密室で、証拠をどう押さえるか

その二時間に、人を全部注ぐ

決めたら、迷わない。私は、その曜日の、その二時間だけに、人員を集中させた。

普段なら分散させる調査員を、この日、この時間帯に、束ねる。会社の出口。対象が使う駅。乗り換えの結節点。そして、二人の足がいつも消える、あの一帯。——広く薄く網を張るのではなく、狭い時間に、厚く重ねる。長く現場をやってきて、たどり着いた考え方だ。相手が「毎日会える」という強みを持っているなら、こっちは「一日の、たった二時間」という弱点を、逆に突く。二人が一緒に動けるのは、その二時間しかない。ならば、そこに全部を置く。

対象が会社の出口に現れた瞬間から、呼吸を合わせて動いた。一人が背中を追い、一人が先の角で待つ。対象は、駅とは反対の方向へ折れた。この時点で、もう「まっすぐ帰る夜」ではない。少し歩いて、対象は、一人の女性と落ち合った。会社の建物からは、わざと距離を取った場所で。二人の間合いの近さ、目の合わせ方、歩調の揃い方——初めて会う同僚同士の距離では、断じてない。

その女性が、対象と同じ会社の人間だということは、その後の裏取りで、はっきりした。どうやって確かめたかは、書かない。それが商売道具だからだ。ただ、一つだけ言う。社内の相手を割るのは、社外の相手を割るより、ある意味むずかしい。接点が、多すぎるからだ。 同じ会社なら、二人が並んでいても「仕事の打ち合わせ」で流せてしまう。だからこそ、こっちは、仕事では説明のつかない時間、仕事では通らない場所を、選んで押さえにいく。

「一度」では、崩れない

二人が、その夜、どこへ入ったか。それは書ける。だが、ここが肝心なところなので、順を追う。

対象と女性は、駅から少し離れた場所にある建物に、連れ立って入った。二時間ほどして、時間を置いて、別々に出てきた。——この一晩を押さえて、喜んで撤収する。それが、報告書一枚で仕事を切り上げる、悪い業者のやり方だ。私は、その日は、写真と時刻だけを静かに記録して、引いた。

なぜ、その場で仕留めにいかないか。「一度」では、崩れないからだ。 一晩だけの記録は、「たまたま、仕事の流れで、二人で打ち合わせの続きをしていた」という言い訳に、まだ隙間を残す。社内不倫は、この「仕事の延長」という逃げ道を、常に懐に持っている。そこを塞がないと、奥さんが手にする記録は、詰め寄った瞬間に、ぬるりと逃げる。

だから、証拠には水準がある。単に「怪しい」を確認するだけなら、あの一晩で足りる。だが、奥さんがこの先どの道を選ぶにせよ、その選択に耐える記録にするには、条件がいる。ひとつ、同じ相手と、日を変えて、繰り返し。二人きりで、長い時間、閉じた場所に出入りしていること。一度ではなく、幾度も。ふたつ、写っているのが、対象本人と、その相手だと、はっきり判別できること。顔の潰れた写真は、束にしても効かない。みっつ、いつのことか、動かせない形で残っていること。——この三つが揃って、はじめて「仕事の延長」という逃げ道が、塞がる。

私たちは、その後も、同じ二時間を、日を変えて張り続けた。そして、同じ相手と、同じような夜を繰り返す姿を、複数の日にまたがって、時刻とともに押さえた。ここまで積んで、ようやく、「たまたま」では説明できない、続いている関係の記録になる。何が証拠になり、何がならないのか。この線引きは、動く前に知っておくと、無駄な回り道をせずに済む。→ 不倫の慰謝料|請求の可否を分ける「証拠の重さ」と、話し合いの順番

記録を渡した日

数週間分の、二時間の積み重ねが、一冊の報告書になった。

奥さんは、ページを、ゆっくりめくった。同じ相手、違う日付、同じ二時間。それが並んでいるのを見て、しばらく黙って、それから、言った。「残業だって言われるたびに、疑った自分が悪いんだって、思ってきました。……そうじゃ、なかったんですね」。二年、自分を責め続けた人の声だった。責める矛先が、ようやく、正しい方向を向いた。

奥さんが、そのあと、どうしたか。夫と向き合ったのか、相手の女性に何かを求めたのか、それとも、別の道を選んだのか。——それは、奥さんが決めることで、私が書くことじゃない。ひとつだけ確かなのは、順番だ。先に腹を決めてから確かめるんじゃない。確かめて、事実がそろってから、腹を決める。 事実を手にした人は、そこから先を、自分の足で選べる。どの選択も、正しい。まだ決めていなくて、いい。決めるための土台を作る。それが、こっちの役目だ。

社内不倫は、口実が強く、相手が近く、毎日会える。だから、確かめにくい。けれど、逆に言えば、二人が本当に二人きりになれるのは、日常のごく狭い隙間だけだ。その隙間さえ読めれば、狙いは、定まる。「残業」という言葉に、二年ずっと言い負かされてきた人が、もしこれを読んでいるなら——その違和感は、たぶん、あなたが弱いから湧いたんじゃない。


*この記録は、実際の調査で起きることを、複数の事例をもとに再構成したものです。特定の個人・企業を指すものではなく、人物や状況の細部は変えてあります。調査の手法にも、あえて書いていない部分があります。また、慰謝料や法的な請求の可否といった法律の判断は、弁護士など専門家の領分です。ここに書いたのは、あくまで探偵の実務の話として、読んでください。*

K
川瀬 健調査歴14年・主任調査員

調査の現場をまとめる主任です。尾行・張り込みから報告書の作成まで、実際の調査に長く携わってきました。「できること」と「できないこと」を、正直にお伝えするのが信条です。

読んで、少し気持ちが動いたら。
相談は無料です。決めてからでなく、迷っているうちに話してくださって大丈夫です。

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