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所長の視点

会議室でしか話していない案件が、競合に筒抜けだった──社内を一切騒がせずに漏洩経路を突き止めた、企業調査の記録

読了目安 約7分2026.07.24

企業から持ち込まれる相談には、個人の依頼とは違う、独特の重さがある。

個人の浮気調査なら、いちばん傷つくのは依頼者本人だ。だが会社の情報漏洩は、放っておけば取引先が離れ、社員の生活が揺らぎ、経営そのものが傾く。しかも、相談してきた役員は、たいてい、こう言う。「社内には、絶対に、知られたくない」。——ここが、企業調査の入り口だ。

この手帖は、実務のほうを書いている。今回は、ある会社の会議室から、案件情報が競合へ流れていた話だ。手の内には書ける線と書けない線がある。書ける、ぎりぎりまで残す。

「気のせいで済ませたいが、済ませられない」という相談

最初に事務所へ来たのは、その会社の役員だった。従業員数十名、業界ではそこそこ名の通った中堅。

役員が持ってきた材料は、状況証拠が三つ。ひとつ、大口の新規案件で、こちらが役員会議室でしか出していない見積もりの数字に、競合が、こちらより数パーセントだけ下をくぐる金額をぶつけてきた。ふたつ、それが、一度きりではなかった。半年で、三件。みっつ、いずれも、社内でごく限られた人間しか知らない話だった。

「偶然、似た金額になることは、ある」。役員は、自分にそう言い聞かせるように言った。だが、三件が三件とも、こちらの手の内を見てから指した一手のように、きれいに下を取ってくる。偶然は、ここまで芸が細かくない。

私は、役員に一つだけ確認した。「この相談に来ていること自体を、社内の誰かに話しましたか」。役員は、話していないと答えた。——それが、いちばん大事だった。情報漏洩の調査は、調べていること自体が漏れた瞬間に、終わる。 漏らしている人間が身を潜め、証拠は二度と表に出なくなる。だから企業調査は、動く前に、まず「調べていることを、どこまで隠せるか」を設計する。ここを雑にやる会社に、この手の依頼は預けないほうがいい。

二つの仮説を、同時に、静かに走らせる

漏洩の経路には、大きく二つの筋がある。

ひとつは、モノ。会議室に、盗聴器や、それに類する仕掛けが入っている線。もうひとつは、ヒト。会議に出ていた誰か、あるいは資料に触れられた誰かが、外へ流している線。——このどちらか、あるいは両方だ。最初から片方に決め打ちすると、外したときに、犯人を利するだけの時間を失う。だから、二つを、同時に、静かに走らせた。

まず、モノのほう。会議室そのものを、専門の機材で検める調査に入った。世間では「盗聴器発見」と呼ばれるが、企業向けにきちんとやるものは、TSCMという専門の領域になる。電波を拾うだけの簡易なものとは、精度も、範囲も、まるで違う。ここで大事なのは、いつ入るか、だ。社員が誰もいない時間に、点検業者にも見えない形で、済ませる。 昼間に機材を担いだ人間が会議室に出入りすれば、それだけで「何かを探している」と社内に伝わってしまう。だから、入る時間も、装いも、全部、逆算して決めた。会議室の点検が実際に何を見るのかは、この専門調査の中身にまとめてある。→ TSCM(専門的な盗聴器・盗撮器調査)とは|企業・要人向けの本格的な調査の中身

同時に、ヒトのほう。こちらは、もっと神経を使う。社員を一人ずつ呼んで問い詰める——そんな乱暴なことは、絶対にしない。それをやった時点で、犯人には伝わり、無実の社員は疑われた記憶だけを抱え、職場の空気は壊れる。やることは逆で、誰にも調べていると気づかせずに、情報の「流れ」だけを、外から静かになぞる。 その会議の情報が、社内のどの経路を通り、紙で、データで、口で、どこまで広がりうるのか。会社が漏洩とどう向き合うかの全体像は、この一本に通した。→ 会社の盗聴・情報漏洩を疑ったとき|経営者が最初に知っておくべき調べ方と順序

会議室からは、出なかった。だから、絞れた

先に、モノのほうの結果を書く。会議室からは、仕掛けの類いは、出なかった。

依頼者は、少し拍子抜けした顔をした。「じゃあ、どこから漏れているんですか」。——ここが、調査の呼吸だ。何も出なかったことは、空振りじゃない。一本、消えたということだ。 モノの線が消えれば、残るのはヒトの線。漏洩は、会議室に置かれた機械からではなく、その部屋にいた、あるいは資料に手が届いた、生身の人間から出ている。可能性が、ぐっと絞られた。ここで「盗聴器はありませんでした」の一枚で仕事を畳む業者もいる。それは、依頼者の本当に知りたいことの、手前で止まっている。

私たちは、ヒトの線に、比重を移した。三件の漏洩案件に、共通して触れられた人間は、誰か。会議に同席した者、議事録を扱った者、見積もりデータにアクセスできた者。——その、重なりの真ん中を、静かに割り出していく。手法の細部は、書けない。それが商売道具だ。ただ一つだけ言えるのは、人は、情報を外へ流すとき、必ず、どこかに不自然な線を残す。 動きの中に、その人だけの理由では説明のつかない一点が、必ず、混じる。それを、社内を騒がせずに拾う。企業調査という仕事の輪郭は、ここにまとめた。→ 企業調査とは何か|個人の調査と何が違うのか、経営者向けの基本

「怪しい」で止めない。使える形まで、固める

やがて、一点に、重なりが寄っていった。

だが、ここで動いてはいけない。「怪しい人物が一人に絞れた」——この段階は、まだ、入り口だ。ここで会社が本人を呼び出して問い詰めれば、相手は否認し、証拠を消し、下手をすればこちらが名誉毀損で反撃される。疑いは、使える形になって、はじめて意味を持つ。 ただ怪しいだけの状態では、法的措置にも、社内処分にも、使えない。

では、使える形とは何か。会社が、この先どの道を選んでも耐えられる状態のことだ。取引先への流出をやめさせるだけでいいのか。社内で処分を下すのか。損害を相手に問うのか。その、どの道でも通用するには、条件がある。ひとつ、漏洩の事実が、一度きりの偶然では説明のつかない形で、複数、揃っていること。ふたつ、その情報が、誰から、どの経路をたどって外へ出たのかが、筋として繋がっていること。みっつ、集め方そのものが、後で問題にされない、正当な範囲に収まっていること。——三つ目を外すと、せっかく集めた材料が、まるごと使えなくなる。ここは、探偵の勝手な判断で踏み込む領域ではない。だから私たちは、要所要所で、依頼者の側についた弁護士と歩調を合わせながら、進めた。

報告書を渡した、その先

数週間分の調査が、一冊の報告書になった。会議室の点検結果、情報の流れの分析、絞り込みに至った根拠、そして時系列。——社内の誰一人、この調査が動いていたことに、最後まで気づかなかった。それが、この仕事の、いちばんの成果だと思っている。

報告の日、役員は、一枚ずつ最後まで読んで、長く黙った。それから、ひとこと。「……社員を、疑いたくなかった。でも、疑わずに済ませていたら、会社のほうが、先に潰れていた」。

その会社が、そのあと、どうしたか。処分に踏み切ったのか、法的な手続きに進んだのか、それとも別の決着をつけたのか。——それは、経営者が、弁護士と決めることだ。ここが、企業調査の、個人調査と決定的に違うところでもある。探偵の仕事は、事実を、動かせない形で、静かに揃えるところまで。その事実をどう使うかは、経営の判断であり、法律の領域だ。 私たちが踏み込むのは、そこまで。踏み込んでいい線を、守る。それも含めて、プロの仕事だと考えている。

最後に、これを読んでいる経営者へ、一つだけ。もし今、自社の情報の流れに、説明のつかない一点を感じているなら——自分で犯人を探そうとするのだけは、やめておいたほうがいい。社内で聞き回った瞬間に、漏らしている人間は身を隠し、無実の社員は傷つき、証拠は永遠に手の届かないところへ消える。順番が、すべてを分ける。先に騒ぐな。先に、静かに、事実を揃えろ。 揃ってから、どうするかを、落ち着いて選べばいい。その土台を、誰にも気づかせずに作る。それが、私たちの仕事だ。


※この記録は、実際の企業調査で用いる考え方をもとに再構成した読み物であり、特定の会社・人物・案件を描いたものではありません。会社名・数字・状況などは、実在の事案が特定されないよう改変・創作しています。証拠の取り扱いや法的措置の可否は個別事情によって変わるため、具体的な判断は弁護士など専門家にご相談ください。

A
森本 敦探偵歴20年・事務局長

相談室全体の運営を担当しています。料金や契約のこと、事務所選びで迷っている方に、中立の立場でお話ししています。

読んで、少し気持ちが動いたら。
相談は無料です。決めてからでなく、迷っているうちに話してくださって大丈夫です。

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